2007年9月28日金曜日

欧米一流、日本は二流、チンギス・ハンは超一流 メールニュース第4号

ようやく涼しくなって夜もよく寝られるようになりましたね。では、朝のすっきりした頭にちょっと難しい話。

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欧米一流、日本は二流、チンギス・ハンは超一流
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井上靖の『蒼き狼』を十数年ぶりに読み返していたところに、99日の日経文化欄がふと目に留まりました。8月まで紙上連載を続けていた堺屋太一のチンギス・ハンに関するお話『名君の許に賢臣あり。』

チンギス・ハンが世界史上類を見ない大帝国を築き上げたのは、彼ただ一人の力ではなくユーラシア各地から集まった家臣たちの才覚によるところが大きい、とのこと。様々な人種・様々な人物が、いろいろな分野で大活躍したのだそうだ。さらにそれは現在の企業組織にも応用して考えることができるそうで、少々長くなりますが主要部分を引用すると・・・

『チンギス・ハンが遭遇した何千人かの中に大天才が何人もいたのではなく、いつどこにでもいる人間集団の中から、近代を開く人材が見出され、大任を委され提案を受け入れられたことで「天才的業績」を残したのであろう。名君は賢臣を創るのである。・・・社会の主流勢力の発想と受入れ体制によって、個性的な人材が発掘されることもあれば、埋め込まれることもあるのだ。時代的にそうであれば、集団的にも同じだろう。ある組織、ある企業には優れた人材が多く、他のそれには乏しいというのは、偶然、入社人員がそんな構成になっているのではない。前者の組織には有能有才の士を掘り起こす気風があり、後者にはそれを埋めつぶす気分ができているのだ。』

う~ん、唸らされる文章ですね。これを読んで思い出したのが、来日する中国人のレベルについて日本人が語るときの決まり文句・・・

「一流の人材は欧米に行くでしょ。日本に来るってことは向こうに行けなかった人たちが“しょうがない”って気分で来るわけだから、いい人いるわけないよね。」という嘆き節とか、「優秀な人材は欧米企業に行くに決まってるよ、日本企業は魅力ないから…」という自虐節。

その真偽はさておくとして、いい人材は日本に来ない、いい人材は日本企業に応募しない、と言ってあきらめてしまうのは早急に過ぎはしないか??

例えば・・・およそ日本の中小企業という中小企業に、ハーバードとかスタンフォード卒なんていう若者が応募して来たら驚いちゃうのと同じで、語弊と叱責を恐れずに言いますが、中小企業にはそれ相応の人材しか応募して来ません。とはいっても中小企業こそ気を吐いて立派にやっているわけだし、その集積として“中小企業が日本を支えている”ことに多くの中小企業家は誇りを持っていると思います。

一方で、世界秩序というのは基本的には欧米社会が作った枠組みの中にあるわけだから、一流の人間が欧米に向かい、その次が日本というのは当然の成り行きだとも思う。それを嘆いてもしょうがない。

ちなみに、私の個人的な観察では、日本にいる中国人の中には一流(決して学歴という意味ではなく)も大勢いますしやっぱり二流の人もいると思います。でもそういうことはあまり重要ではなくて、「場を与えられればフツーの人でも一流になれる!」と強く言いたい。

チンギス・ハンは人材活用に関して超一流で、それがモンゴル帝国を可能たらしめたということ。つまり普通の人間のうち「才能を開花させる環境を与えられた人が有能になる」のであって、はじめから「有能な人材がそこにいる」わけではないのでしょう。

アメリカ行きをあきらめて日本に来た、という中国人がいることは否定しないけれども、日本に来たいから日本に来た、日本企業で働きたいから御社に応募した、という人も大勢いるわけで、そういう外国人は大活躍する可能性があると考えてみてはどうでしょうか?というのが今月のお話です。

仕事の宣伝みたいになりました、すいません。

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